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201903/13歴史

尾張徳川家

いつも御座船 安宅丸にご乗船いただきありがとうございます。

今回は、徳川御三家の「尾張徳川家」にスポットを当てます。

 

徳川御三家とは、徳川家康によって設立され、将軍家の後嗣が途絶えた時には、後継ぎを出すことになっていた親藩の中でも最高位の大名家です。

 

その徳川御三家の中でも「尾張徳川家」は、家康の九男の義直が始祖となり、尾張62万石を所領としていた筆頭の家柄です。しかし、江戸時代を通じて紀州家、水戸家からは将軍が出たにも関わらず、尾張家からは一度も将軍が出たことはありません。

 

六代将軍家宣は、死去間際に尾張家の吉通に将軍を譲る旨の遺言を残しましたが、幕府家臣の反発もあり、五歳の息子家継が将軍となりました。また、その家継が亡くなると尾張家の継友を将軍に推す声も上がりましたが、紀州家の吉宗が将軍となりました。(かの有名な暴れん坊将軍です)

 

その八代将軍吉宗が「徳川御三卿」という体制を作ったため、尾張徳川家はますます将軍の座から遠ざかり、幕府と疎遠になったと言われています。

 

そのため、幕末の戊辰戦争の際には、新政府軍に味方する事態も発生しています。

 

江戸幕府滅亡後、尾張徳川家の十四代当主であった徳川慶勝は華族となり、また十九代当主の義親は尾張徳川黎明会や徳川美術館を設立するなど、貴重な物品の保護に力を尽くしました。

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