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徳川日記

201802/02歴史

徳川家 伝説の軍船「安宅丸」

いつも徳川家伝説の巨船 御座船 安宅丸にご来場いただきまして、ありがとうございます!

本日、安宅丸のブログ。徳川日記を開設いたしました!

これから、安宅丸に関連したことや、時には少々外れたようなことも含めて定期的に書き連ねて参りますので、是非ご愛読願います!

では、映えある第一回目は、もちろん安宅丸についてです。

この船の外観をホームページの画像などでご覧になられたでしょうか。どんな印象をもちましたか?

素性をわからないと、派手な和船という感じでしょうか。

この船は、17世紀に実在したとされる巨船 安宅丸をテーマとしたクルーズ船です。

御座船想像図

実在した安宅丸は、徳川 家光公の在任期に造船され、その大きさと豪華絢爛な装飾などで維持費用が莫大であったことから幕府の財政が傾き始めていた 徳川 綱吉公の時代に解体されています。

この世に存在したのはわずか50年ほど、
当時の確かな文献も見つかっていないことから、いったいどのような姿、内部であったのかなども不明のまさに歴史ロマン溢れる船なんです。

では、安宅丸は、単なる将軍様のお戯れで作られたのでしょうか。

こちらも詳細は不明ですが、
軍船利用を目的に作られたとされています。

まだ、徳川 家光公の時代は幕藩体制が確立しておらず、西国大名に海路から侵攻される恐れなども十分ありえた時代であったことからも海軍力の増強のためという見解もあります。

機動力には乏しかったとされ、船本来の機能として活用するつもりであったのか、海に浮かぶ要塞という位置づけを目的としていたかは定かではなく、研究者の間でも意見が分かれているところです。

軍船として、造られたはずの安宅丸。

しかし、

安宅丸は最期まで軍船として活用される日は訪れませんでした。

日光東照宮などを作った徳川 家光公の気質もあり、この船には多くの煌びやかな装飾が施されました。

さらに安宅丸が完成しまもなく参勤交代制が施行され、徐々に幕藩体制が安定し、軍事増強の必要性が薄れていきます。

結果、軍船のはずが、大名などを招く豪華な御座船(貴人の船)、徳川幕府の権威の象徴として江戸の観光名所となるなど、使われ方と世の中からの見られ方が変わっていったものと推測できます。

このように江戸の民衆に強烈なインパクトを残し、消えた巨船 安宅丸。

その巨船は、後世の人々を惹きつけ、色々な想像図やはてには、怪談話まで生まれていきます。
そして、解体から3百年以上の時を経て、伝説の巨船 安宅丸は現代的な要素と、安宅丸の影響を受けた後世の御座船の要素を取り入れ、歴史・景観・日本食・エンターテイメントなどを楽しめるクルーズ船として東京湾に蘇りました。

是非、歴史ロマン溢れる 安宅丸で和の東京湾クルーズをお楽しみください!皆様のご乗船を心よりお待ちしております。

写真 2017-10-24 11 27 06


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