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201906/16歴史

忍者

いつも御座船安宅丸にご乗船いただき、ありがとうございます!

今回は、世界中で大人気の「忍者」について!

 

「忍者」の起源は諸説あります。飛鳥時代に聖徳太子に仕えた大伴細人という人物が最初の忍者であると言われていますが、正確な史料への記載はありません。

史料上で確認できるのは南北朝時代以後で、荘園(貴族や寺院の領地)の中に発生した悪党(土着の地主)がルーツであると考えられています。

 

忍者の里として有名な伊賀・甲賀は京都にほど近く、山伏などの修験に関わる地が多く、また土地が農業向きではなかったことから特殊技能を持った人々が発生したのではないかと考えられています。

戦国時代には伊賀・甲賀に加え、甲斐武田の「透波」や越後上杉の「軒猿」、相模北条の「風魔党」、奥州伊達の「黒脛巾組」、出雲尼子の「鉢屋衆」や安芸毛利の「世鬼一族」等の現在まで知られる有名な忍者衆が全国で活躍しました。

 

また、徳川家康公は本能寺の変後に、堺から本拠地の岡崎まで逃れる際、伊賀・甲賀者が護衛にあたった事からも、伊賀・甲賀衆を取り立てていたことが分かります。

江戸時代に入ると、伊賀・甲賀の忍びは江戸城下に住み、隠密をはじめ、大奥や大名屋敷の警護として活動したそうです。また、各地の忍者衆も同様に大名に取り立てられ、国内外の情報収集や参勤交代の警護などの活動を行ったとされていますが、太平の世になったため、戦国時代に比べて活躍の場は少なくなり、徐々にその人数も減らしていったと考えられています。

 

実在の「忍者」が姿を消していく一方で、江戸時代の小説や歌舞伎、浮世絵では黒装束で手裏剣を打ち、分身の術や動物へ変身したりと現代の「忍者」に繋がるイメージが形成されました。

当時から「忍者」は庶民にも大人気だったんですね!

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