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徳川日記

201909/23歴史

江戸時代の調味料「味噌」

いつも御座船安宅丸にご乗船いただき、ありがとうございます!

 

今回は、今も人々が毎日利用している「味噌」について!

 

味噌の期限は中国の「醤」と考えられています。日本にいつ頃、どのように伝来したかは良くわかっていませんが、平安時代の文献には味噌が登場しています。(日本独自で発生したという説もあります)

当時は、今のように調味料として料理に使うものではなく、食べ物につけたり、そのまま食べられる保存食として利用されていました。また、地位の高い人の給料や贈り物に利用されるような、庶民の口には入らない高級品でした。

 

鎌倉・室町・戦国時代を経て、大豆の生産量が増え、日本全国で味噌づくりが盛んになったことで、庶民にも保存食として浸透しました。この時期に味噌汁も登場しています。

 

江戸時代に入ると、味噌づくりはさらに盛んになり、特に当時世界有数の大都市であった江戸には、三河や仙台から味噌が送られ、味噌屋が大繁盛します。この時代の江戸は女性よりも男性が多いため外食が発展し、それに伴い味噌を使った料理も同時に発展したそうです。

当時江戸には「江戸味噌」と呼ばれるご当地味噌がありました。江戸では毎朝味噌汁を飲む習慣があったため味噌は大量に消費されており、需要の高まりに応じるように誕生した「江戸味噌」は江戸内の醸造化によって造られていました。

江戸味噌は、従来の製造方法よりも短期間で造ることができましたが、長期保存ができませんでした。そのため、庶民は味噌を近くの味噌屋で毎日少量ずつ買い、すぐに消費するというスタイルが定着したそうです。

 

以降長く江戸の人々に愛された江戸味噌ですが、太平洋戦争下、米を多く使い贅沢だという事で製造を禁止されてしまいます。終戦後も米の統制などにより長く造られることのなかった江戸味噌は人々の前から姿を消してしまいますが、近年昭和初期の文献を元に製造が再開され、現在ではその味を楽しむことができます!

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