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徳川日記

201906/22文化

江戸時代の調味料(塩)

いつも御座船安宅丸にご乗船いただき、ありがとうございます!

今回は、今も人々が毎日利用している調味料「塩」について!

 

日本は周りを海で囲まれているため、塩は昔から多く流通されていたように思われますが、気候が高湿多雨のため、天日の製塩に適さず、岩塩や塩湖などの塩資源にも恵まれていないことから、かつては大変な貴重品でした。

塩の採取方法としては海水から「かん水」と呼ばれる濃い塩水を採る「さいかん」という方法と、海水を煮詰めて塩を作る「せんごう」という二種類の製法がとられ、貴重な塩が「塩の道」を通して山間部まで運ばれていたそうです。

江戸時代に入ると、人力で塩水をくみ上げていた揚浜式という方法に代わって、内海や干潟で潮の干満の差を利用した入浜式塩田が盛んに開発されます。

江戸近辺では「行徳」の塩浜での製塩が盛んにおこなわれていましたが、瀬戸内海沿岸は気候や地形という立地条件に恵まれていたため、この入浜式塩田が発達し、「十州塩田」と呼ばれる播磨・備前・備中・備後・安芸・周防・長門・阿波・讃岐・伊予の塩田が一大製塩地となり、昭和30年頃まで約400年間にわたって日本独自の製塩方法として盛んに行われていました。

江戸末期には瀬戸内海沿岸の塩田では、全国の生産量の約9割が生産され、塩廻船によって、全国各地へ運ばれました。

塩を生産する一大拠点である「十州塩田」を擁する各藩では塩は財政を担う貴重な産品として、明治になるまで専売制が布かれていたそうです。

江戸時代の史料によると、当時の板前は料理の用途によって、真塩を煮立てて卵の殻や卵白で灰汁を取り、水塩として吸い物に使ったり、真塩を溶かして煮詰め直し、再結晶させてさらっとした軽い塩味にするなど、食材の味を活かす塩の使い方に精通していたそうです。

この事からも、江戸の食文化が栄えていたことが分かりますね!

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