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201907/19歴史

浮世絵

いつも御座船安宅丸にご乗船いただきありがとうございます!

今回は、「浮世絵」について!

 

浮世絵が庶民まで広く普及したのは江戸時代。当初は、肉筆画の一点物で大変高価な物でしたが、木版画によって量産されるようになり、一気に庶民の間に広がりました!

浮世絵の題材には時代の最先端を行く風俗や話題が取り上げられました。当日の庶民の楽しみといえば「遊び」と「芝居」。これが、浮世絵の中で「美人画」と「役者絵」として描かれ、現代で言うファッション誌や、役者のポスターのような形で庶民に浸透していったと言われています。

 

当時は黒一色の墨摺という版画でしたが、江戸中期になると「見当」という方法が発明されます。

見当は墨摺絵に直接色を塗る方法と異なり、版木に目印をつけることで、色版を摺る際に色がずれないように工夫した手法で、この手法によりカラフルな版画の量産に成功しました。

 

浮世絵の版画には、版元(出版社)、絵師、版木を彫る彫師、版木に色を乗せて摺る摺師が携わっていました。現代では、浮世絵は一作家が創作した美術品のように考えている人が多いですが、あくまで営利目的の販売品であったので、絵師、彫師、摺師の起用、作品のテーマ設定、使用する「彫」や「摺」の技法まで、そのほとんどが版元の一存に委ねられていたそうです。

 

このように庶民に広く普及した浮世絵ですが、現在残っている浮世絵の四分の三以上は海外にあります。これは人々にとってあまりにも身近になってしまったため、大切に保管する人がほとんどいなかったためです。

では海外でなぜ残されているのか。それは海外で浮世絵が高く評価されたからです!

鎖国していた江戸時代、唯一外交関係にあったオランダを介して西洋に漆器や陶磁器などを輸出していましたが、その包み紙に古い浮世絵が用いられていました。その浮世絵が現地で評判となり、美術品として浮世絵の価値が西欧で高まりました。

 

そして1867年にパリで開催された万国博覧会にて日本の工芸品や浮世絵が多数展示されると大きな反響を呼び、ジャポニズムブームが巻き起こりました。特にゴッホやモネ、マネ等の巨匠と呼ばれる印象派の画家たちが浮世絵に影響を受け、モチーフにした作品を描いたことで美術品として世界的な評価が揺るぎないものになりました。

 

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