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徳川日記

201812/11歴史

驚きの江戸の街づくり

徳川家康公による江戸の都市整備には、風水が取り入れられていると言われています!

具体例の一つは、江戸城の北東(鬼門)と南西(裏鬼門)と呼ばれる方角に聖地を置いて魔の侵入を防ぐことでした。

この計画で重要な役割を果たしたのが、徳川家康公の側近・南光坊天海です。

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■対策①

徳川家の菩提寺 寛永寺と増上寺

まず一つ目の対策は、江戸城の鬼門と裏鬼門に寺社を置いて災いから守るようにしました。

邪気が入るとされる鬼門=北東の方角には寛永寺(上野)を置き、隣には上野東照宮を建設して、かつ浅草寺でも家康を東照大権現として祀るなど、鬼門鎮護を厚くしました。

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また、邪気の通り道とされる反対側の裏鬼門=南西の方角には増上寺を置いています。

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寛永寺、増上寺には、徳川15代将軍のうち6名ずつの将軍のお墓があります。

■対策②

江戸の総鎮守 神田神社と日枝神社

さらに鬼門鎮護を厚くするために神田神社(神田明神)日枝神社の位置を移します。

・神田神社

現在の大手町→湯島

・日枝神社

日吉大社から分祀させて永田町へ

寛永寺・神田神社 ↔︎ 増上寺を結ぶ直線

浅草寺 ↔︎ 日枝神社を結ぶ直線

この2つの直線が交差する地点に江戸城があり、鬼門・裏鬼門封じを徹底させました。

■対策③

日光東照宮と久能山東照宮

栃木県にある日光東照宮と、静岡県にある久能山東照宮、江戸の外にも抑えをつくりました。

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どちらも祭神は東照大権現(徳川家康公)です。

家康公は死後まずは久能山に埋葬され、後に日光の東照宮へ改葬されました。

日光東照宮は、江戸城からみて真北にあります。

古代中国では、北極星は宇宙全体の神・天帝です。つまり日光東照宮を拝する事は天帝・北極星を拝する事と言われていました。

密教の「北辰北斗信仰」に基ずくもので、天海の考えと云われており、このような意味合いから、日光に東照宮ができたと言われています。

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