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徳川日記

202003/25ライトアップ

東京湾で和傘ライトアップクルーズを(和傘の歴史)

和傘ライトアップ
徳川の巨船 安宅丸では、船内2階貴賓の間」を和傘ライトアップを楽しめるようリニューアルを実施しました。

中央に和傘を配置し、天井の照明の光量を抑え、落ち着いた色合いとなり、非日常感抜群!サンセット・ナイトクルーズにてこの空間を体験することができます。


さて、今回はそんな傘についてです。

その歴史は古く、4000年前からあったともいわれています。

日本には平安時代前後に中国より伝わったようです。
当時は覆い状の天蓋(てんがい)のような形で、雨よけではなく、貴族の夫人や高僧たちが外出する際の日よけや魔除けなどとして使用され権威の象徴としても利用されます。また傘は開いたままで今のように閉じることができませんでした。

その後、安土桃山時代ごろから閉じることができる傘が生まれ、
広く一般に使用されるのは江戸時代中期頃、そして、現在と同様の雨傘としての用途は
江戸時代からが始まりです。

それ以前の庶民の雨具と言うと菅笠(すげがさ)や簑(みの)でした。


江戸時代に普及した傘ですが、これには細かい分類がありました。

【番傘】
番傘は、和紙を張った粗製の質素で頑丈な雨傘のことです。
約80㎝の柄に、54本の骨があり、直径115cm程となります。江戸時代には、商家の客や使用人が利用していました。
商家で客に貸したり,使用人が利用するため,紛失を防ぐのに屋号や家紋とともに番号をつけたので,
この名が出たといわれています。

【蛇の目傘】
番傘に比べて上等な和紙を使用したものです。中を白く周辺を黒・紺・赤などで太く輪状に塗って、
蛇の目模様を表した紙製の雨傘で、傘を開いた時に、蛇の目の模様に見えることから、蛇の目傘と言われています。
17世紀末ごろに生まれ、歌舞伎の小道具として使われたことで流行したといわれています。

【爪折傘(つまおれがさ)】
端折傘は、骨の下端が内に曲がっていて、柄の部分が長いのが特徴です。
公家や僧侶、武家などが使用していました。貴族は朱色(朱色は高貴な色とされており、将軍の船 安宅丸の外観も朱色です。)、武士は白色と決まっていたとされます。

 


現代ではビニール傘が中心ではあるものの、和傘の造形美などが見直され、雨具用途だけではなくイルミネーション
・ライトアップの用途などでも活用されるようになりました。

安宅丸で船上の美しい景観に加え、船内でも貴賓の間の和傘ライトアップというビュースポットが誕生しました。

是非、船内・船外ともにライトアップが楽しめる安宅丸の東京湾クルージングをご体験ください。

 


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